澤 和樹

眠れる獅子の覚醒

東京藝術大学 学長
 澤 和樹
東京藝術大学 学長

澤 和樹

 藝大の130年以上の歴史において、美術学部は作家を育て、音楽学部は演奏家を育てることを大きなミッションとしてきた中で、COI拠点は異端であり、当初はその存在すら学内では知られていなかった。しかしながらクローン文化財などの成果が社会から評価されてくると学内からも注目されるようになり、他にも障がい者から学ぶ取組みや、クラシックの演奏にAIを活用したアニメーションを同期させるなど、新しいコンセプトを社会に発信してきた。これらは本拠点のミッションである「『感動』を創造する芸術と科学技術による共感覚イノベーション」の具体化であるが、藝術本来と同等かそれ以上の「感動」を科学技術の力を借りて創造することに難しさはあったのではないかと思う。


 藝大はこれまでは伝統にあぐらをかいていたところもあった。しかし、社会が変わる中で、芸術が社会にどう貢献できるかをもっとアピールしなくてはならない。この意味で、COIは藝大という眠れる獅子を起こしたとも言える。私自身も”Arts Meet Science”というプロジェクトを手がけてきたが、COIは芸術が科学や医学と結びついた産学官連携のパイロットケースであり、新しい藝大の姿を見せてくれた。昨今、アートが企業経営や地球規模の課題に貢献できるのではという社会の期待をひしひしと感じている。それらに応えるために一般社団法人東京藝術大学芸術創造機構も設置したので、若手や卒業生も含めた多様なネットワークを活用し、より柔軟に産学連携を推進していきたい。


 そのためにも社会啓発のような広報活動も重要である。たとえば「だれでもピアノ」と認知症予防効果の関係など、芸術のもたらすヘルスケアへの便益が社会に理解されれば、医療費による財政負担や国の文化政策にも貢献できるかもしれない。芸術は、科学や医学との連携を通じて、より大きな社会的価値をもたらす可能性を秘めている。そしてアーティストの活動機会を増やすことにもつながる。もともとアートとサイエンスは一緒であった。ゆえにサイエンスに距離を感じている人や、アートに距離を感じている人など双方にとって、COIのようなアートとサイエンスが交わる原点回帰による新しい創造が、これらを身近に感じるきっかけにもなるのではないか。


 社会にとって芸術は必要である。自分の心が豊かになることはもちろん、何かを表現するという行為はストレスの発散や不安の解消にもなる。先行きの見通しがますます不透明で社会が混沌とする中、藝大への高まる期待に応えられるよう、COIで得たものを新しい藝大に活かしていきたい。